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双子の出産(2004)

2006/02/09

出産-1

33週を過ぎると、先生は「どう?もうそろそろ限界?」って毎日、聞いてた。
「もう限界」とか言いつつ、「12月まで粘ろうかな?」っていう気持ちがあったのも事実。
だって、12月産まれってなんだか素敵でしょ?
でも、妹も予定日が近づいてたから、ダブっちゃうと実母が大変だし。
ココまでくると、もう私の気持ち次第なんだよね。お腹に長く置いておくにこしたことはないけれど、入院当初の事を思えば、ここまでもったのは本当に凄いことだし、私の体力も心配してたの、先生は。なんせ、1ヶ月以上寝たきりで、歩けなくて、出産後はリハビリが必要だと言われていたから。
結局、「もう産んでもいいです」って、先生に伝えたのが、実際に出産した、前の週くらいだったかな?11月中旬の事。
チビ達による胃の圧迫も限界に近づいていたし、そろそろ入院生活も飽きてきてたし(笑)
(この時は、出産後1ヶ月近くも入院するとは想像してなかったんだよね)
でも、ハイリスク出産なので、週末には向かいたくない(先生や看護師さんの数が減ってしまうから、万全の体制で望めなくなるので)との事で、「月曜日にしよう!」と言われ、もうしばらく妊婦生活継続になった。1日でも長くお腹にいるのはいい事なんだけど、気分は明日!みたいな感じだったので、ちょっと拍子抜けしちゃった(笑)
で、いよいよ、当日、11/29(月曜日)。エコーしたら、上にいたT(♂)が頭位になっているじゃないの!!この子は動きが激しくて、(羊水を抜いたにもかかわらず、まだRよりは多かったのもあると思う)横位になってることがほとんどだったので、帝王切開でということで話は進んでたの。でも、先生が「体重もこれだけあれば、大丈夫だから、下から行こう!産後、その方が楽だし。。。」って。(この時、あんな産後が待っているとは思ってもいなかった私)「ヒョエー、心の準備が全く出来てない。痛いのいやだぁ!」って感じだった。でも、しょうがないよね~。頑張ることにしました。そしたら、先生ってば、点滴をいきなり切っちゃったの\(◎o◎)/!9:00頃の出来事。
切ってしまったら、いつ生まれるか分からないから、急いで、主人と実家に電話。2時間後には来てくれたよ。そりゃ、急ぐよ(笑)だって、私や、家族、看護師さんは、点滴を徐々に減らしていくと思っていたのに、いきなりなんだもん。あっけないもんです(笑)
お昼くらいまでは平気でいたんだけど、段々辛くなってきて、分娩室に移動。でも、まだまだ序の口で、そこから結構長かった。最初の頃は余裕で、分娩室じっくり見てたし(笑)看護師さん達とも余裕で話してたし。主人と、実母とも話してた。
夕方になるとかなりきつくなってきて、呼吸も苦しくなって、酸素を吸入。半端な痛みじゃないね、陣痛って・・・
本当に点滴で陣痛を止めてたっていうのを実感。すごいわ、薬の力って。。。
先生も何度か診てくれたんだけど、Rが下りてこないらしい。入院中は、いつも手に触るって先生は言っていたのに、今思えば、その位置では駄目なの??って感じだけど、その時は痛くてそれど頃じゃなかった(笑)「もう切ってくれていいです!!」って何度も叫んでたもん。先生も、主人と実母には「緊急帝王切開になるかも?」って話をしていたくらい、ちょっと緊迫。

2005/12/25

入院中の出来事-3

MFICU(以降、MF)は、何が起きるか分からないので一般病棟には置いておけない患者が入るところ。妊婦の集中治療室って感じかな。母体搬送されてくる人も結構いたし。
私の入院していた病院は春にリニューアルして、母子医療センターというのが初めて設置され、MFという施設も初めての設置だったので、11月まではお試し期間みたいな感じで、長期間入っている人が他にもいた。といっても、私が目の離せない状態だったのには間違いないんだけど(笑)一般病棟だと、夜間は看護師さん1人しかいない。もちろんMFも1人なんだけど、受け持つ患者さんの数が全然違うので、先生も安心とのこと。といっても、お産が入ってしまえば、全員出動しちゃうんだけどね(笑)
すぐ隣が分娩室なので、何度、産むときの叫び声を聞いたことか。。。
MFに入ってしばらくは、トラブル続きだった私。産まれてしまうかもっていうくらい、張りがひどかったこともあった。ずーっと寝たきりだったので、尾てい骨のところが床ずれになってしまったし、、、マットレスも低反発タイプのものに交換してもらって、毎日ケアもしてもらってたけど、まさか子供を産むのに床ずれになるとは思ってもいなかった(笑)
それに、寝たきりだとどうしても便秘がちになるから、薬(錠剤)を飲んでいたけど、それでも駄目で、強めの薬(液体)を飲んでど、量調整に失敗して大変な思いをしたこともあったなぁ(笑)
この頃、夜は本当に眠れなかった。寝返り打つのも一苦労だし。そのおかげで、何度もお産に立ち会った気分になったっていうのもあるわ。夜中に出産するのって、かなり響くんだよね。
Tが上にいたんだけど、胃を圧迫する上に、ぐにょぐにょ動くので、辛くて、食欲も無くなって、カロリーメイトとかドリンク剤とかで補ってた。
予想以上にチビ達も頑張ってくれて、無事に9ヶ月(32w)もクリア。毎日、カレンダーに「×」付けてたもん。先生は34wくらいが限界かも?って言ってて、私もそうかなぁ?って感じだった。ちょっと、体の限界を感じていたし(笑)この頃の腹囲、93cm(@_@)
小さいと産道を通るのは、あまり良くないので帝王切開でって話で進んでいたので、母も色々と準備してくれていた。

2005/12/18

入院中の出来事-2

寝たきり状態の一番の苦痛。トイレに行けないこと。全て、看護師さんにお任せになっちゃうのである。もちろん、お風呂も駄目なので、清拭といって体を拭いてもらう。洗髪も機械を持ってきてもらって、病室で。洗顔もタオルで拭くだけだし、歯磨きもベッドで。慣れるまでは、本当に辛かった。個室をお願いしておいて、大正解だったのでした。

tentekiウテメリンという張り止めの点滴。入院してから寝たきりになるまでは錠剤だったから、別になんともなかったんだけど、心臓バクバクになるんだ、点滴は。。。2日ほどで慣れたけど。でも、それでも効かずに、マグネゾールという更に強い点滴を併用するまでに、ほんの数日間しかかからなかった。持続点滴は、名の通り、ずーっとって事。出産まで、この2台構成は続いた。1週間で針を交換するので、結構な数になった、青あざ(笑)

寝たきりになって、3週間ちょっと。ここまで、張りの強い日が何度かあり、点滴の流量は増えるばかりだったけれど、なんとか28wはクリア。でも、Tの方が羊水が増えてきてるということで、抜いた方がいいと主治医に言われる。リスクが無いわけではないから、怖かったけれど、お腹に針を刺して、抜く手術。Tに異常があるかもしれないから、その覚悟も必要と言われて、すごく不安に。でも、抜いたおかげで、お腹はちょっと、小さくなった。何度もしないといけない人もいるらしいが、私は1度で済んだから、良かった~。結局、Tに問題は無く、原因不明で羊水が増えたらしい(そういう人もよくいるんだって)で、その日に、MFICUという、妊産婦のICU(集中治療室)に移動。一般病棟では、心配だって、主治医が(笑)遮光カーテンで区切られていたので、個室っぽくて、一安心。10/27、8ヶ月(29w1d)の出来事。この時、腹囲は既に90cm弱でした!!

2005/12/16

入院中の出来事-1

毎日付けていた、入院日記が行方不明になってから(多分、無いんだ~)かなり経つけど、忘れないように覚書だけでも、残しておこうかと。。。

入院したのは、9/17。15日に検診に行き、子宮口が少し柔らかくなってきてるから、もう仕事は休んで、しばらくしたら入院した方がいいとの事。まだ、6ヶ月(23w1d)の時だった。悩んだんだけど、18日から主人の海外出張が控えていたので、家に1人にしておくのは心配ということで、17日から入院することに。上司には双子で早く入院することになると思うと、伝えてあったので、割とスムーズだった。でも双子の産前休暇が単胎より早いとはいえ、さらに早かったので、会社で積み立てている休暇を割り振って、休んだ。

管理入院という形だけれど、トラブルがなければ、暇なもの。。。しかし、それも束の間だったのだ。午前中にエコーで、MIX TWINだと判明して大喜びしていたんだけど、午後の診察では子宮口が柔らかくなっていて、下の子(Rだった)の頭に触るとのこと。そのまま、絶対安静に。。。。このとき、まだ26w(28wで8ヶ月)にもなっていなかった。

28wまでもてば、NICUでなんとか育つけれど、30wまでお腹においておければ、安心。更に長ければ、もっといい!と、先生。ちょっとでも張ると危険なので、ウテメリンの24時間持続点滴。私の入院していた病院の絶対安静とは、ベッドから降りられないということ。全て、ベッドの上でという生活が出産まで2ヶ月近く、続くのであった(泣)

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